ただただリモート仲間がほしい No.1 ~ リモート、それは自由 ~

リモート、それは自由

満員電車、それは絶望をゆらす箱舟

東京の世間並みのサラリーマンは今日も満員電車にゆられて通勤している。死んだ魚のような目で前をみるおじさん、カラフルな謎の広告ゲームをガン見しながらプレイする若者、ひたすらスマホにうつる写真をスクロールする女、… 今日も東京の満員電車は労働者の絶望をのせて、23区の地下をゆれて走っている。

ボクは最初から満員電車が嫌いだった。2024年の10月にIT企業に入るついでに上京した自分は、初日から自転車で通勤するという思いつきを決行した。東京駅八重洲口前のこぎれいなサラリーマンを、横目に、半ば馬鹿にしながら、颯爽と大都会東京の大通りを走るさまが気持ちよかった。これが東京だと感動した。集団を欺くところに東京の真価があると、日夜新宿の夜に行われる怪しいセミナーでも教えているにちがいないから、少し早く東京を知った気分になり楽しかった。

会社につき自転車で来たことを話すと、そんな人はみたことがない!とすごく面白がってもらえた。ただ会社としては自転車で事故にまきこまれるリスクが会社の負担になるからやめてほしい、的なことをすごく回りくどい表現でいわれた。真面目な自分は忖度した。それ以降自転車の頻度を落とし、大人しく満員電車にゆられて通勤していた。

SES企業だったため、3か月後に某大企業のIT子会社に派遣されるまでは毎日通勤していた。都営三田線の日比谷での乗り換えのときに、地下道を殺伐と闊歩するおじさんとか、OLのお姉さんの光景を思い出すといまだに憂鬱な気分がよみがえる。満員電車が少子化に貢献していることはもはや自明である。エンジニアはリモートを勝ち取らなければいけないと確信した。また派遣先は飲み会文化もなかったため、この確信を妨げる人間関係における誘惑はなにもなかった。

はじめてのリモート、それは堕落の序章

大企業のIT子会社に派遣され、数か月出社し通勤したのち、週2日のリモートを許可してもらえた。同じチームの人が躊躇なく在宅でリモートしていることを知り、なんて薄情で堕落した連中だと一面で思いながら、その誘惑に胸をふくらませていた。セックスを夢見る男子中学生のように、漠然とした期待と、その経験者にたいする無闇な嫉妬だけが募っていた。早くも仕事を干されていた会社で自分はネットサーフィンをしていた。隣のおじいちゃんはその会社でしか使われないであろう謎のプログラミング言語と格闘し絶望していた。おじいちゃんはリモートはしないのだと言っていた。良くいえば不器用な人、悪くいえば馬鹿な人だろうなと感じた。

ついに自分にもリモートの番が回ってきた。自分の設定ミスで、自宅からしか接続できなくなり、おしゃれなカフェでカタカタと仕事をする高等遊民になる夢はひとまずお預けになった。仕事のない自分は隙をみて昼寝した。またラジオを流していた。最初は自由を謳歌した気分だったが、日に日に堕落していく自分に恐怖を感じた。また読書すらしていない自分は、ひきこもりのときよりも状況が悪化しているのではないかと絶望した。

ただ仕事がなかったから、ときおり届くチャットに即レスしていれば、それ以外に自由を制約するものはなにもなかった。ひたすらに読書とネットサーフィンをしていた。自分は自由を扱う才能がないことに一番絶望した。その絶望はいまだに変わらないが、ただ当時はエンジニアとしての将来も暗かったから、ただ自分だけが高速で回転する東京の経済に置いていかれているのではないかと焦燥感を感じた。

真面目なリモート、それは孤独

窓際社員のリモートは純粋な堕落である。結局その会社には半年ほどいて、次の現場が3か月でフルリモート、その次の現場が今の現場で、フリーランス契約のフルリモートになっている。

だからもう半年以上リモート生活をしている。2つ目の現場からはカフェとかそれ以外の場所でできるようになったから、気はまぎれるが、孤独であることに変わりはない。どうせエンジニア同士なんで毎日顔を突き合わせていても、仲が深まりにくいことはわずかな通勤生活で学習したから後悔はないが、精神的に追い詰められていく部分は否定できない。

真面目に仕事をするほど、周りの雑音とか、わきでる雑念がシャットアウトされて孤独になる。大なり小なりどの仕事もそうかもしれないが、とくにフリーランス&リモートで仕事していると一層孤独が際立つ。リモート仲間を渇望している。リモートの恩恵を享受しながら、人間らしさを回復する道を模索している。

リモートの恩恵を手放すことはできない

人はなぜリモートで仕事をするのだろうか。もちろん満員電車にゆられて屍のように都内に輸送される日常から脱出したいからだ。ただそれだけではない。ダラダラと朝陽を浴びて起床する平日の朝ほど気分のよいものはない。そしてとくにキーボードのログをとられ監視されていないかぎり、チャットの通知だけが監視の窓口になる自由を享受してしまえばもう手放すことはできないのだ。音楽を聴いていても、ネットサーフィンをしていても、掃除をしていても、エロ動画をみていても、チャットに即レスし、会議のURLに入って1言2言しゃべり、期限までにタスクをこなせばだれにも文句をいわれる危険はない。

出社すれば常に監視の目にさらされている。ただ仕事をするという合理性を妨げるしがらみが無数に存在する。リモートとは自由である。この自由を一度享受して、無駄な緊張感が漂うオフィスワークに舞い戻ることはできないにちがいない。もちろん人文系総合職の人付き合いにあこがれることはあるが、自分はITスキルがなければ、倉庫とか土方の仕事しか残っていないぐらい履歴書がひどいので、エンジニアをやめるという選択肢はそこまで前にでてこない。仕事するならエンジニアがいい、エンジニアならリモートがいいのが本音だ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました